園の歴史

園の歴史

同支社大学で神学・哲学を修めた創設者石田締は、しばらくの間、現在の市川三本松教会で牧師をしていましたが「人の”心の教育”は大人になってからでは遅い。幼児の頃から始めなければならない」と悟り、昭和6年市川市の人口が6万人あまりだった頃、愛育の母神の地蔵尊が高く立ちも守る静かな松林の中、しかも掘れば掘るほど綺麗な砂の出る地蔵尊の地に幼稚園を設立しました。

そして、幼児の教育は何と言っても「心の教育」を充実させる事が大切であり、そのためには幼児を出来るだけ自然に触れさせ自然な姿で生きる精神を養わなければならないとし、森で遊ぶ良寛上人の幼児の教育、アリストテレスの自然の中を遮流しながらも哲学教育のように、そして精神不在の会堂宗教を戒め、自然の中での精神教育をしたキリストのように、自然の中での純な人間教育を念願して、自然幼稚園と名付けました。

当時、日本語の書き方と読み方は複雑に異なっていました。たとえば「幼稚園」は「ゑうちえん」と書いていました。それに不合理に感じていた創設者石田締は、人が発音するとおりに書くのが自然だし幼児が大人の力をかりずに読んだり書いたり出来るようにと「シゼンヨーチエン」と記すことに決めたのです。

一年のはかりごとは
穀物を植えるにあり
十年のはかりごとは
樹を植えるにあり
百年のはかりごとは
人を植えるにあり(同志社大学創始者 新島 襄先生のお言葉)
  • 創設者 石田 締、 石田 トナ

    創設者 石田 締、 石田 トナ

  • 第一回卒園生

    第一回卒園生

  • 開園当時の園舎

    開園当時の園舎